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飯を食うということは命を食べるということだ。美味いものがあれば、その後ろに死んだ生き物がいたということだ。我々はそれを知りながら、実は知らないでいる。つまり意識のうちにはあまりないのだ。

それはなぜか。

答えは実に単純なものだと思う。そう、自分は関わっていないからだ。例えば一頭の牛がいるとする。次に見るのは美味そうに焼かれてしっかり味のつけられたステーキだ。誰がこれをあの牛だと思うだろうか。端的に言えば、豚でも鶏でも肉だ。口に入り、それが美味ければ構わない。途中の過程がすっぽり抜け、通常そこに一般人は関わらない。これが意識のうちからそれを抜け出させてしまう原因だろう。もちろん他にもあるだろうが。

世の中を適当にでもぐるりと見てみればわかる。どのテレビも牛の乳搾りの映像は流すが、牛を殺す様子は驚くほどに流さない。流したところで異国のなんじゃら民族のものだ。現実味などなく、まるで日本とは無関係であるかのように「彼らはこうして牛を」なんてナレーションまでご丁寧についている事もある。彼らってオマエ。同時に、乳搾りは体験させるが牛を肉にする事には参加させない。危ないからか?そんなばかな。

余った食材を罪の意識もなく安易に大量廃棄するのも、個人的に適当に生ゴミにしてしまうのも、その裏にある命を軽視しているどころか知らないことが原因のひとつであると考えられるのではないだろうか。
ペット虐待でも殺人でも(ここでは命という範囲で同列だ)遊び半分で時には真剣に殺してしまうのもあるいは。








目の前で先ほどまで駆けていた鶏が人間の手によってきゅっと締め上げられて食卓に出てきたのならば、ちょっとくらい焦げていただのあんまり味付けが好みではないだの、その程度の理由でぽいっと投げ捨てられますか、という話。

できるという人間がいたところでその個人を問題だとは思わない。その状況を想像した程度で心底から分かるなどという事はないだろうから。しかし実際にこういった場面においてその肉を投げ捨てることができたのならば、そして周囲がそれを良しとしたのならば、さてどうだろうか。
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